ここ最近のTwitterは不特定多数のところから刺激的なものや過激なものが流れてきてくるようになって、受け流しきれなかったのでやめたところもあるのですが、
たまに情報を得たくなって、ディスコードのサーバーでほかのユーザの方がときどきお役立ちツイートとか、面白いツイートを貼り付けてるのを見る程度になった。このくらいのゆるやかなスピードが自分にはちょうどよさそう。
そして、同じサーバにいる人たちは、おそらく管理人本人になんらかの興味をもってサーバに入った人同士なので、なんとなく最低限の治安が保たれてるところも、いいなと思う。
インプレ稼ぎとかもないし。
(反面、同じ趣味の人同士で濃く繋がるとかも、なさそう。でも今の私には、ちょうどいい)
ひどい雨の中、仕事その1とその2で2回外出しなくてはならず、とても疲れた…。
オモコロチャンネルで紹介されていた
明星の袋麺「麺神」を買って、帰って早速作ってみたらめちゃくちゃ美味しくて癒された。
実家から貰ったほうれん草をトッピングしたら、濃厚スープと絡まってちょうどいい味にしてくれた。
少し休んで仕事と家の事またふんばらなければ
趣味の絵もやっと少し感覚をとりもどせてきた!
最近よく聞くようになった気がする、
「ナラティブ」
主に物語とか、語り手とかそんな意味がある。(くわしく知りたい方は調べてね)
AI生成した絵は確かに綺麗で高度な技術に見えるけど、人間が描いた絵に比べて、
ナラティブな面が…作者が作品に込めたストーリー性や思い入れというものは見えにくい。(のであと一歩)
というのを見て納得した。
この点がクリアされたらきっと手で描く人は少し減ってしまうんだろうな。
でも、絵を描く技術を調べて、学び、知識や気づきを蓄積して自分の血肉にする、その工程自体を尊く感じるひともいる。いまのところ、私はそっちに憧れている
(というかAIの際限のなさやリスペクトのなさがきらい)
しかし作画はつらい。面倒。うまくいかない。いつか納得いくものが描けるといいな。
近くのお寺の夜桜ライトアップイベント。
あいにく、今年はやっと芽吹いたところで、
満開には遠かったけれど
膨らんだ蕾もかわいいし、また来ようと思えるのも風情だなと思った
昨日は午後から健康診断のため、
早朝6時以降から絶食だったのでふぬけみたいになってるところに業務がドッと押し寄せてしんどかった、健診で倒れないで(申告して)ほんとよかったと思う。
会計後に受付でいただいた飴を舐めて生き返る。
神保町まで電車を乗り継いで気になっていたカレー屋さんに行った。
私は、いわゆる家庭によく出そうな系統のルーならどれでも好きなのかと漠然とおもっていたけど、案外違うのかもと気づいた。
先日友達に付き合ってもらった、不動前駅のカレー屋さんがめちゃくちゃおいしかった印象がまだ残ってて、
また食べたいと思ったのはこちらだった。
少し遠いけど、また行きたいな。
それから、家族に買い物を頼まれて、要求に合うものを選ぶうちに家から離れまくって、自転車でかなり遠くまで行ったらクッタクタになった。
つかれすぎて、眠れない。
久しぶりに健康診断を受けた
空腹だったことや、診察同士の間が待ち時間ゼロで座るままなく検診受けたり、
子宮頸がんの検査が、わかっていてもマジで屈辱でいやだったので精神的に消耗したのもあってか
マンモグラフィーを受けてる最中に具合悪くなって倒れそうだった。
素直に申し出て、水飲ませてもらったらましになった。
マンモグラフィー自体の圧はもっと向こうからの攻撃的なパワーを感じるようなとかそういう感じのつらさなのかなと思ってたら、そうでもなかった。技師さんがほわ〜として優しかったのうれしかった(そういう人を選んでいるのかも)
ちなみに、一昨年に痛くない乳がん検診(MRIでやるドゥイヴスサーチ、だったと思う)というのを受けたのだけど、
MRIの閉塞感が本当に心細かったのと音が激うるさくて(マシンのメーカーとかにもよるのかもしれない?)、さらに検査結果が「詳しく調べるならマンモとかで受けた方がいいかもよ(意訳)」で、費用対効果がうすかった。
ので、マンモは精度が高いといいなと思っている。
公式の妙ないろいろ(不備など)にリアクションしない方は、それらは見なかったことにして、作品だけ楽しんだりするように心がけてるのだろうか。鍵垢で言ってるのかもしれない。二次創作してる人とかそのアカウントだと憚られるかもしれないし。
でも個人的には自分の言葉使って不満こぼしてる人のほうがよほど共感できるというか、まともだと思ってしまう。そういう人が目視できないと、側から見たとき、
公式だったら何しても許されてる
ように見えるから。
あと、二次創作について
こっちはそれなりにまじめに描いてるのに、関係ないポイントつかれたり自語りされるのが、いちばんしんどいかも。感想なんて操作できないけど。私の実力が足りないのかもしれないけど。
「ここはすべての夜明けまえ」を読んで
愛されることを待つよりも自分で選んで歩くことが大事な気がした